立ちて左右に寸毫《すんごう》も傾かず、決然自若たる態度には一種犯すべからざる威厳を備えつ。
 制帽の庇《ひさし》の下にものすごく潜める眼光は、機敏と、鋭利と厳酷とを混じたる、異様の光に輝けり。
 渠は左右のものを見、上下のものを視《なが》むるとき、さらにその顔を動かし、首を掉《ふ》ることをせざれども、瞳《ひとみ》は自在に回転して、随意にその用を弁ずるなり。
 されば路すがらの事々物々、たとえばお堀端《ほりばた》の芝生《しばふ》の一面に白くほの見ゆるに、幾条の蛇《くちなわ》の這《は》えるがごとき人の踏みしだきたる痕《あと》を印せること、英国公使館の二階なるガラス窓の一面に赤黒き燈火の影の射《さ》せること、その門前なる二|柱《ちゅう》のガス燈の昨夜よりも少しく暗きこと、往来のまん中に脱ぎ捨てたる草鞋《わらじ》の片足の、霜に凍《い》て附《つ》きて堅くなりたること、路傍《みちばた》にすくすくと立ち併《なら》べる枯れ柳の、一陣の北風に颯《さ》と音していっせいに南に靡《なび》くこと、はるかあなたにぬっくと立てる電燈局の煙筒より一縷《いちる》の煙の立ち騰《のぼ》ること等、およそ這般《このはん》のささ
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