を極《きわ》めてすでに立ち去りたる巡査を罵《ののし》り、満腔《まんこう》の熱気を吐きつつ、思わず腕を擦《さす》りしが、四谷組合と記《しる》したる煤《すす》け提灯《ちょうちん》の蝋燭《ろうそく》を今継ぎ足して、力なげに梶棒《かじぼう》を取り上ぐる老車夫の風采《ふうさい》を見て、壮佼《わかもの》は打ち悄《しお》るるまでに哀れを催し、「そうして爺さん稼人《かせぎて》はおめえばかりか、孫子はねえのかい」
優しく謂《い》われて、老車夫は涙ぐみぬ。
「へい、ありがとう存じます、いやも幸いと孝行なせがれが一人おりまして、よう稼《かせ》いでくれまして、おまえさん、こんな晩にゃ行火《あんか》を抱いて寝ていられるもったいない身分でござりましたが、せがれはな、おまえさん、この秋兵隊に取られましたので、あとには嫁と孫が二人みんな快う世話をしてくれますが、なにぶん活計《くらし》が立ちかねますので、蛙《かえる》の子は蛙になる、親仁《おやじ》ももとはこの家業をいたしておりましたから、年紀《とし》は取ってもちっとは呼吸がわかりますので、せがれの腕車《くるま》をこうやって曳《ひ》きますが、何が、達者で、きれいで、安い
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