に縋《すが》り着きぬ。蔦《つた》をその身に絡《から》めたるまま枯木は冷然として答えもなさず、堤防の上につと立ちて、角燈片手に振り翳《かざ》し、水をきっと瞰下《みお》ろしたる、ときに寒冷|謂《い》うべからず、見渡す限り霜白く墨より黒き水面に烈《はげ》しき泡《あわ》の吹き出ずるは老夫の沈める処《ところ》と覚しく、薄氷は亀裂《きれつ》しおれり。
 八田巡査はこれを見て、躊躇《ちゅうちょ》するもの一|秒時《セコンド》、手なる角燈を差し置きつ、と見れば一枝の花簪《はなかんざし》の、徽章《きしょう》のごとくわが胸に懸《か》かれるが、ゆらぐばかりに動悸《どうき》烈《はげ》しき、お香の胸とおのが胸とは、ひたと合いてぞ放れがたき。両手を静かにふり払いて、
「お退《ど》き」
「え、どうするの」
 とお香は下より巡査の顔を見上げたり。
「助けてやる」
「伯父さんを?」
「伯父でなくってだれが落ちた」
「でも、あなた」
 巡査は儼然《げんぜん》として、
「職務だ」
「だってあなた」
 巡査はひややかに、「職掌だ」
 お香はにわかに心着き、またさらに蒼《あお》くなりて、
「おお、そしてまああなた、あなたはちっと
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