は、八千の人の生命を、お主《ぬし》が奪取って行《ゆ》くも同然。百合を置いて行《ゆ》かん事には、ここは一足も通されんわ。百合は八千の人の生命じゃが。……さあ、どうじゃい。
学円 しばらく、(声を掛け、お百合を中に晃と立並ぶ。)その返答は、萩原からはしにくかろう。代って私《わし》が言う。――いかにも、お百合さんは村の生命《せいめい》じゃ。それなればこそ、華冑《かちゅう》の公子、三男ではあるが、伯爵の萩原が、ただ、一人の美しさのために、一代鐘を守るではないか――既に、この人を手籠《てご》めにして、牛の背に縄目の恥辱《ちじょく》を与えた諸君に、論は無益と思うけれども、衆人|環《めぐ》り視《み》る中において、淑女の衣《ころも》を奪うて、月夜を引廻すに到っては、主、親を殺した五逆罪の極悪人を罪するにも、洋の東西にいまだかつてためしを聞かんぞ!
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そりゃあるいは雨も降ろう、黒雲《くろくも》も湧《わ》き起ろうが、それは、惨憺《さんたん》たる黒牛の背の犠牲《ぎせい》を見るに忍びないで、天道が泣かるるのじゃ。月が面《おもて》を蔽《おお》うのじゃ。天を泣かせ、光を隠して、それで諸君は活
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