はッと退《の》く。姫、するすると寄り、颯《さっ》と石段を駈上《かけのぼ》り、柱に縋《すが》って屹《きっ》と鐘を――
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諸神、諸仏は知らぬ事、天の御罰《ごばち》を蒙《こうむ》っても、白雪の身よ、朝日影に、情《なさけ》の水に溶くるは嬉しい。五体は粉に砕けようと、八裂《やつざき》にされようと、恋しい人を血に染めて、燃えあこがるる魂は、幽《かすか》な蛍の光となっても、剣ヶ峰へ飛ばいでおこうか。
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と晃然《こうぜん》とかざす鉄杖輝く……時に、月夜を遥《はるか》に、唄の声す。
==ねんねんよ、おころりよ、ねんねの守はどこへいた、山を越えて里へ行《いっ》た、里の土産に何貰うた、でんでん太鼓に笙《しょう》の笛==
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白雪 (じっと聞いて、聞惚《ききほ》れて、火焔《かえん》の袂《たもと》たよたよとなる。やがて石段の下を呼んで)姥、姥、あの声は?……
姥 社《やしろ》の百合でござります。
白雪 おお、美しいお百合さんか、何をしているのだろうね。
姥 恋人の晃の留守に、人形を抱きまして、心遣《こ
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