ぎやき》をして上げますから、おとなしくしていらっしゃいまし。お腹が空いたって、人が聞くと笑います。
晃 (縁を上る)誰に遠慮がいるものか、人が笑うのは、ね、お前。
百合 はい。
晃 お互いに朝寝の時――
百合 知りませんよ。(莞爾《にっこり》俯向《うつむ》く。)
晃 煩《うるさ》く薮蚊《やぶっか》が押寄せた。裏縁で燻《いぶ》してやろう。(納戸、背後《うしろ》むきに山を仰ぐ)……雲の峰を焼落《やきおと》した、三国ヶ岳は火のようだ。西は近江《おうみ》、北は加賀、幽《かすか》に美濃《みの》の山々峰々、数万《すまん》の松明《たいまつ》を列《つら》ねたように旱《ひでり》の焔《ほのお》で取巻いた。夜叉《やしゃ》ヶ池へも映るらしい。ちょうどその水の上あたり、宵の明星の色さえ赤い。……なかなか雨らしい影もないな。
百合 ……その竜が棲《す》む、夜叉ヶ池からお池の水が続くと申します。ここの清水も気のせいやら、流《ながれ》が沢山《たんと》痩《や》せました。このごろは村方で大騒ぎをしています。……暑さは強し……貴方《あなた》、お身体《からだ》に触《さわ》りはしますまいかと、――めしあがりものの不自由な片山里
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