、お百合さんのそうした処は、咲残った菖蒲を透いて、水に影が映《さ》したようでなお綺麗だ。
百合 存じません。
晃 賞《ほ》めるのに怒る奴《やつ》がありますか。
百合 おなぶり遊ばすんでございますものを。――そして旦那様《だんなさま》は、こんな台所へ出ていらっしゃるものではありません。早くお机の所へおいでなさいまし。
晃 鐘を撞《つ》く旦那はおかしい。実は権助《ごんすけ》と名を替えて、早速お飯《まんま》にありつきたい。何とも可恐《おそろし》く腹が空いて、今、鐘を撞いた撞木《しゅもく》が、杖《つえ》になれば可《い》いと思った。ところで居催促《いざいそく》という形《かた》もある。
百合 ほほほ、またお極《きま》り。……すぐお夕飯にいたしましょうねえ。
晃 手品じゃあるまいし、磨いでいる米が、飯に早変わりはしそうもないぜ。
百合 まあ、あんな事を――これは翌朝《あした》の分を仕掛けておくのでございますよ。
晃 翌朝の分――ああ、お所帯《しょたい》もち、さもあるべき事です。いや、それを聞いて安心したら、がっかりして余計空いた。
百合 何でございますねえ。……お菜《かず》も、あの、お好きな鴫焼《し
前へ
次へ
全76ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング