越前国三国ヶ岳の麓、鹿見村|琴弾谷《ことひきだに》の鐘楼守《しょうろうもり》、百合の夫の二代の弥太兵衛は確《たしか》に信じる。
学円 (ひたりと洋服の胡坐《あぐら》に手をおき)何にも言わん。そう信ぜい。堅く進ぜい。奥方の人を離れた美しさを見るにつけても、天がこの村のために、お百合さんを造り置いて、鐘楼守を、ここに据えられたものかも知れん。君たち二人は二柱《ふたはしら》の村の神じゃ。就中《なかんずく》、お百合さんは女神じゃな。
百合 (行燈《あんどん》を手に黒髪美しく立出づる)私、どうしたら可《よ》うございましょう。
学円 や、これは……
百合 貴客《あなた》、今ほどは。
学円 さて、お初に……はははは、奥さん。
百合 まあ。……(と恥らう。)
晃 これ、まあ……ではない、よく御挨拶申しな、兄とおなじ人だ。
百合 (黙って手をつく。)
学円 はいはい。いや、御挨拶はもう済みました。貴女《あなた》嚔《くしゃみ》は出ませなんだか。
晃 うっかり嚔なんぞすると、蚊が飛出す。
百合 あれ、沢山《たんと》おなぶんなさいまし。
晃 そんなに、お前、白粉《おしろい》を粧《つ》けて。
百合 あんな事ばか
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