品《しな》の違った座をすすめてくれたが、裾模様、背広連が、多くその席を占めて、切髪の後室も二人ばかり、白襟で控えて、金泥《きんでい》、銀地の舞扇まで開いている。
 われら式、……いや、もうここで結構と、すぐその欄干に附着《くッつ》いた板敷へ席を取ると、更紗《さらさ》の座蒲団《ざぶとん》を、両人に当てがって、
「涼《すずし》い事はこの辺が一等でして。」
 と世話方は階子を下りた。が、ひどく蒸暑い。
「御免を被って。」
「さあ、脱ぎましょう。」
 と、こくめいに畳んで持った、手拭《てぬぐい》で汗を拭《ふ》いた一樹が、羽織を脱いで引《ひっ》くるめた。……羽織は、まだしも、世の中一般に、頭に被《かぶ》るものと極《きま》った麦藁《むぎわら》の、安値なのではあるが夏帽子を、居かわり立直る客が蹴散《けち》らし、踏挫《ふみひし》ぎそうにする……
 また幕間で、人の起居《たちい》は忙しくなるし、あいにく通筋《とおりすじ》の板敷に席を取ったのだから堪《たま》らない。膝の上にのせれば、跨《また》ぐ。敷居に置けば、蹴る、脇へずらせば踏もうとする。
「ちょッ。」
 一樹の囁《ささや》く処によれば、こうした能狂言
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