うな顔をして、赤目張《あかめば》るの――」
「――さてさて憎いやつの――」
 相当の役者と見える。声が玄関までよく通って、その間に見物の笑声《わらいごえ》が、どッと響いた。
「さあ、こちらへどうぞ、」
「憚《はばか》り様。」
 階子段《はしごだん》は広い。――先へ立つ世話方の、あとに続く一樹、と並んで、私の上りかかる処を、あがり口で世話方が片膝をついて、留まって、「ほんの仮舞台、諸事不行届きでありまして。」
 挨拶《あいさつ》するのに、段を覗込《のぞきこ》んだ。その頭と、下から出かかった頭が二つ……妙に並んだ形が、早や横正面に舞台の松と、橋がかりの一二三の松が、人波をすかして、揺れるように近々と見えるので……ややその松の中へ、次の番組の茸が土を擡《もた》げたようで、余程おかしい。……いや、高砂《たかさご》の浦の想われるのに対しては、むしろ、むくむくとした松露であろう。
 その景色の上を、追込まれの坊主が、鰭《ひれ》のごとく、キチキチと法衣《ころも》の袖《そで》を煽《あお》って、
「――こちゃただ飛魚《とびうお》といたそう――」
「――まだそのつれを言うか――」
「――飛魚しょう、飛魚し
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