ん》が身のためだ。)とこうです。どの道そんな蕎麦だから、伸び過ぎていて、ひどく中毒《あた》って、松住町《まつずみちょう》辺をうなりながら歩くうちに、どこかへ落してしまいましたが。
 ――今度は、どこで倒れるだろう。さあ使いに行く。着るものは――
 私の田舎の叔母が一枚送ってくれた単衣《ひとえ》を、病人に着せてあるのを剥《は》ぐんです。その臭さというものは。……とにかく妻恋坂下の穴を出ました。
 こんなにしていて、どうなるだろう。櫓《やぐら》のような物干を見ると、ああ、いつの間にか、そこにも片隅に、小石が積んであるんです。何ですか、明神様の森の空が、雲で真暗《まっくら》なようでした。
 鰻屋《うなぎや》の神田川――今にもその頃にも、まるで知己《ちかづき》はありませんが、あすこの前を向うへ抜けて、大通りを突切《つっき》ろうとすると、あの黒い雲が、聖堂の森の方へと馳《はし》ると思うと、頭の上にかぶさって、上野へ旋風《つむじかぜ》を捲《ま》きながら、灰を流すように降って来ました。ひょろひょろの小僧は、叩きつけられたように、向う側の絵草紙屋の軒前《のきさき》へ駆込んだんです。濡れるのを厭《いと》
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