、あれは爪先《つまさき》で刺々《とげとげ》を軽く圧《おさ》えて、柄《え》を手許《てもと》へ引いて掻《か》く。……不器用でも、これは書生の方がうまかった。令夫人は、駒下駄《こまげた》で圧えても転げるから、褄《つま》をすんなりと、白い足袋はだし、それでも、がさがさと針を揺《ゆす》り、歯を剥《む》いて刎《は》ねるから、憎らしい……と足袋もとって、雪を錬《ね》りものにしたような素足で、裳《もすそ》をしなやかに、毬栗《いがぐり》を挟んでも、ただすんなりとして、露に褄もこぼれなかった。――この趣《おもむき》を写すのに、画工《えかき》さんに同行を願ったのである。これだと、どうも、そのまま浮世絵に任せたがよさそうに思われない事もない。が、そうすると、さもしいようだが、作者の方が飯にならぬ。そッとして置く。
 もっとも三十年も以前の思出である。もとより別荘などは影もなくなった。が、狸穴、我善坊の辺だけに、引潮のあとの海松《みる》に似て、樹林は土地の隅々に残っている。餅屋が構図を飲込んで、スケッチブックを懐に納めたから、ざっと用済みの処、そちこち日暮だ。……大和田は程遠し、ちと驕《おご》りになる……見得を
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