、畚褌の上へ引張《ひっぱ》らせると、脊は高し、幅はあり、風采《ふうさい》堂々たるものですから、まやかし病院の代診なぞには持って来いで、あちこち雇われもしたそうですが、脉《みゃく》を引く前に、顔の真中《まんなか》を見るのだから、身が持てないで、その目下の始末で。……
変に物干ばかり新しい、妻恋坂下へ落ちこぼれたのも、洋服の月賦払《げっぷばらい》の滞《とどこおり》なぞから引《ひっ》かかりの知己《ちかづき》で。――町の、右の、ちゃら金のすすめなり、後見なり、ご新姐の仇《あだ》な処をおとりにして、碁会所を看板に、骨牌賭博《かるたばくち》の小宿《こやど》という、もくろみだったらしいのですが、碁盤の櫓《やぐら》をあげる前に、長屋の城は落ちました。どの道落ちる城ですが、その没落をはやめたのは、慾《よく》にあせって、怪しい企《たくらみ》をしたからなんです。
質の出入れ――この質では、ご新姐の蹴出し……縮緬《ちりめん》のなぞはもう疾《とっ》くにない、青地のめりんす、と短刀|一口《ひとふり》。数珠一|聯《れん》。千葉を遁げる時からたしなんだ、いざという時の二品《ふたしな》を添えて、何ですか、三題話のようですが、凄《すご》いでしょう。……事実なんです。貞操の徴《しるし》と、女の生命とを預けるんだ。――(何とかじゃ築地へ帰《けえ》られねえ。)――何の事だかわかりませんがね、そういって番頭を威《おど》かせ、と言いつかった通り、私が(一樹、幹次郎、自分をいう。)使《つかい》に行ったんです。冷汗《ひやあせ》を流して、談判の結果が三分、科学的に数理で顕《あらわ》せば、七十と五銭ですよ。
お雪さんの身になったらどうでしょう。じか肌と、自殺を質に入れたんですから。自殺を質に入れたのでは、死ぬよりもつらいでしょう。――
――当時、そういった様子でしてね。質の使、笊《ざる》でお菜漬《はづけ》の買ものだの、……これは酒よりは香《におい》が利きます。――はかり炭、粉米《こごめ》のばら銭買の使いに廻らせる。――わずかの縁に縋《すが》ってころげ込んだ苦学の小僧、(再び、一樹、幹次郎自分をいう。)には、よくは、様子は分らなかったんですが、――ちゃら金の方へ、鴨《かも》がかかった。――そこで、心得のある、ここの主人《あるじ》をはじめ、いつもころがり込んでいる、なかまが二人、一人は検定試験を十年来落第の中老の才子で、近頃はただ一攫千金《いっかくせんきん》の投機を狙《ねら》っています。一人は、今は小使を志願しても間に合わない、慢性の政治狂と、三個《さんにん》を、紳士、旦那、博士に仕立てて、さくら、というものに使って、鴨を剥《はい》いで、骨までたたこうという企謀《たくらみ》です。
前々から、ちゃら金が、ちょいちょい来ては、昼間の廻燈籠《まわりどうろう》のように、二階だの、濡縁《ぬれえん》だの、薄羽織と、兀頭《はげあたま》をちらちらさして、ひそひそと相談をしていましたっけ。
当日は、小僧に一包み衣類を背負《しょ》わして――損料です。黒絽《くろろ》の五つ紋に、おなじく鉄無地のべんべらもの、くたぶれた帯などですが、足袋まで身なりが出来ました。そうは資本《もとで》が続かないからと、政治家は、セルの着流しです。そのかわり、この方は山高帽子で――おやおや忘れた――鉄無地の旦那に被《かぶ》せる帽子を。……そこで、小僧のを脱がせて、鳥打帽です。
――覚えていますが、その時、ちゃら金が、ご新姐に、手づくりのお惣菜、麁末《そまつ》なもの、と重詰の豆府滓《とうふがら》、……卯《う》の花を煎《い》ったのに、繊《せん》の生姜《しょうが》で小気転を利かせ、酢にした※[#「魚+是」、第4水準2−93−60]鰯《しこいわし》で気前を見せたのを一重。――きらずだ、繋《つな》ぐ、見得《けんとく》がいいぞ、吉左右《きっそう》! とか言って、腹が空《す》いているんですから、五つ紋も、仙台|平《ひら》も、手づかみの、がつがつ喰《ぐい》。……
で、それ以来――事件の起りました、とりわけ暑い日になりますまで、ほとんど誰も腹に堪《たま》るものは食わなかったのです。――……つもっても知れましょうが、講談本にも、探偵ものにも、映画にも、名の出ないほどの悪徒なんですから、その、へまさ加減。一つ穴のお螻《けら》どもが、反対に鴨にくわれて、でんぐりかえしを打ったんですね。……夜になって、炎天の鼠《ねずみ》のような、目も口も開かない、どろどろで帰って来た、三人のさくらの半間さを、ちゃら金が、いや怒るの怒らないの。……儲けるどころか、対手方《あいてかた》に大分の借《かり》が出来た、さあどうする。……で、損料……立処《たちどころ》に損料を引剥《ひっぱ》ぐ。中にも落第の投機家なぞは、どぶつで汗ッかき、おまけに脚気《かっけ》を煩ってい
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