た雨落《あまおち》の下へ、積み積みしていたんですね。
(――かなしいなあ――)
めそめそ泣くような質《たち》ではないので、石も、日も、少しずつ積りました。
――さあ、その残暑の、朝から、旱《て》りつけます中へ、端書《はがき》が来ましてね。――落目もこうなると、めったに手紙なんぞ覗《のぞ》いた事のないのに、至急、と朱がきのしてあったのを覚えています。ご新姐あてに、千葉から荷が着いている。お届けをしようか、受取りにおいで下さるか、という両国辺の運送問屋から来たのでした。
品物といえば釘の折でも、屑屋《くずや》へ売るのに欲《ほし》い処。……返事を出す端書が買えないんですから、配達をさせるなぞは思いもよらず……急いで取りに行く。この使《つかい》の小僧ですが、二日ばかりというもの、かたまったものは、漬菜《つけな》の切れはし、黒豆一粒入っていません。ほんとうのひもじさは、話では言切れない、あなた方の腹がすいたは、都合によってすかせるのです。いいえ、何も喧嘩をするのじゃありません、おわかりにならんと思いますから、よしますが。
もっとも、その前日も、金子《かね》無心の使に、芝の巴町《ともえちょう》附近|辺《あたり》まで遣られましてね。出来ッこはありません。勿論、往復とも徒歩《てく》なんですから、帰途《かえり》によろよろ目が眩《くら》んで、ちょうど、一つ橋を出ようとした時でした。午砲《どん》!――あの音で腰を抜いたんです。土を引掻《ひッか》いて起上がる始末で、人間もこうなると浅間しい。……行暮れた旅人が灯をたよるように、山賊の棲《す》でも、いかさま碁会所でも、気障《きざ》な奴でも、路地が曲りくねっていても、何となく便《たよ》る気が出て。――町のちゃら金の店を覗くと、出窓の処に、忠臣蔵の雪の夜討の炭部屋の立盤子《たてばんこ》を飾って、碁盤が二三台。客は居ません。ちゃら金が、碁盤の前で、何だか古い帳面を繰っておりましたっけ。(や、お入り。)金歯で呼込んで、家内が留守で蕎麦《そば》を取る処だ、といって、一つ食わしてくれました。もり蕎麦は、滝の荒行ほど、どっしりと身にこたえましたが、そのかわり、ご新姐――お雪さんに、(おい、ごく内証《ない》だぜ。)と云って、手紙を托《ことづ》けたんです。菫色《すみれいろ》の横封筒……いや、どうも、その癖、言う事は古い。(いい加減に常盤御前《ときわごぜ
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