迷子
泉鏡花
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)お孝《かう》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)とがむしやら[#「がむしやら」に傍点]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)がた/\ふるへる
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お孝《かう》が買物《かひもの》に出掛《でか》ける道《みち》だ。中里町《なかざとまち》から寺町《てらまち》へ行《ゆ》かうとする突當《つきあたり》の交番《かうばん》に人《ひと》だかりがして居《ゐ》るので通過《とほりす》ぎてから小戻《こもどり》をして、立停《たちどま》つて、少《すこ》し離《はな》れた處《ところ》で振返《ふりかへ》つて見《み》た。
ちやうど今《いま》雨《あめ》が晴《は》れたんだけれど、蛇《じや》の目《め》の傘《かさ》を半開《はんびらき》にして、うつくしい顏《かほ》をかくして立《た》つて居《ゐ》る。足駄《あしだ》の緒《を》が少《すこ》し弛《ゆる》んで居《ゐ》るので、足許《あしもと》を氣《き》にして、踏揃《ふみそろ》へて、袖《そで》の下《した》へ風呂敷《ふろしき》を入《い》れて、胸《むね》をおさへて、顏《かほ》だけ振向《ふりむ》けて見《み》て居《ゐ》るので。大方《おほかた》女《をんな》の身《み》でそんなもの見《み》るのが氣恥《きはづ》かしいのであらう。
ことの起原《おこり》といふのは、醉漢《ゑひどれ》でも、喧嘩《けんくわ》でもない、意趣斬《いしゆぎり》でも、竊盜《せつたう》でも、掏賊《すり》でもない。六《むつ》ツばかりの可愛《かはい》いのが迷兒《まひご》になつた。
「母樣《おつかさん》は何《ど》うした、うむ、母樣《おつかさん》は、母樣《おつかさん》は。」と、見張員《みはりゐん》が口早《くちばや》に尋《たづ》ね出《だ》した。なきじやくりをしいしい、
「内《うち》に居《ゐ》るよ。」
巡査《じゆんさ》は交番《かうばん》の戸《と》に凭懸《よりかゝ》つて、
「お前《まへ》一人《ひとり》で來《き》たのか、うむ、一人《ひとり》なんか。」
頷《うなづ》いた。仰向《あふむ》いて頷《うなづ》いた。其膝切《そのひざきり》しかないものが、突立《つツた》つてる大《だい》の男《をとこ》の顏《かほ》を見上《みあ》げるのだもの。仰向《あふむ》いて見《み》ざるを得《え》ないので、然《しか》も、一寸
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