位《ちよつとぐらゐ》では眼《め》が屆《とゞ》かない。頤《おとがひ》をすくつて、身《み》を反《そら》して、ふッさりとある髮《かみ》が帶《おび》の結目《むすびめ》に觸《さは》るまで、いたいけな顏《かほ》を仰向《あふむ》けた。色《いろ》の白《しろ》い、うつくしい兒《こ》だけれど、左右《さいう》とも眼《め》を煩《わづら》つて居《ゐ》る。細《ほそ》くあいた、瞳《ひとみ》が赤《あか》くなつて、泣《な》いたので睫毛《まつげ》が濡《ぬ》れてて、まばゆさうな、その容子《ようす》ッたらない、可憐《かれん》なんで、お孝《かう》は近《ちか》づいた。
「一體《いつたい》何處《どこ》の兒《こ》でございませう。方角《はうがく》も何《なに》も分《わか》らなくなつたんだよ。仕樣《しやう》がないことね、ねえ、お前《まへ》さん。」
と長屋《ながや》ものがいひ出《だ》すと、すぐ應《おう》じて、
「ちつとも此邊《このへん》ぢやあ見掛《みか》けない兒《こ》ですからね、だつて、さう遠方《ゑんぱう》から來《く》るわけはなしさ、誰方《どなた》か御存《ごぞん》じぢやありませんか。」
誰《たれ》も知《し》つたものは居《ゐ》ないらしい。
「え、お前《まへ》、巾着《きんちやく》でも着《つ》けてありやしないのかね。」
と一人《ひとり》が踞《つくば》つて、小《ちひ》さいのが腰《こし》を探《さぐ》つたがない。ぼろを着《き》て居《ゐ》る、汚《きたな》い衣服《きもの》で、眼垢《めあか》を、アノせつせと拭《ふ》くらしい、兩方《りやうはう》の袖《そで》がひかつてゐた。
「仕樣《しやう》がないのね、何《なん》にもありやしないんですよ。」
傍《そば》に居《ゐ》た肥《ふと》つたかみさんが大《おほ》きな聲《こゑ》で、
「馬鹿《ばか》にしてるよ、こんな兒《こ》にお前《まへ》さん、札《ふだ》をつけとかないつて奴《やつ》があるもんか。うつかりだよ、眞個《ほんたう》にさ。」
とがむしやら[#「がむしやら」に傍点]なものいひで、叱《しか》りつけたから吃驚《びつくり》して、わツといつて泣《な》き出《だ》した。何《なに》も叱《しか》りつけなくツたつてよささうなもんだけれど、蓋《けだ》し敢《あへ》てこの兒《こ》を叱《しか》つたのではない。可愛《かはい》さの餘《あま》り其《その》不注意《ふちうい》なこの兒《こ》の親《おや》が、恐《おそろ》しくかみさんの
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