其《その》姫樣《ひいさま》の帶《おび》を銜《くは》へたり、八《や》ツ口《くち》をなめたりして、落着《おちつ》いた風《ふう》でじやれてゐるのを、附添《つきそひ》が、つと見《み》つけて、びツくりして、叱《しつ》! といつて追《お》ひやつた。其《それ》は可《い》い、其《それ》は可《い》いけれど、犬《いぬ》だ。
悠々《いう/\》と迷兒《まひご》のうしろへいつて、震《ふる》へて居《ゐ》るものを、肩《かた》の處《ところ》ぺろりとなめた。のはうづに大《おほ》きな犬《いぬ》なので、前足《まへあし》を突張《つツぱ》つて立《た》つたから、脊《せ》は小《ちつ》ぽけな、いぢけた、寒《さむ》がりの、ぼろツ兒《こ》より高《たか》いので、いゝ氣《き》になつて、垢染《あかじ》みた襟《えり》の處《ところ》を赤《あか》い舌《した》の長《なが》いので、ぺろりとなめて、分《わか》つたやうな、心得《こゝろえ》てゐるやうな顏《かほ》で、澄《すま》した風《ふう》で、も一《ひと》つやつた。
迷兒《まひご》は悲《かなし》さが充滿《いつぱい》なので、そんなことには氣《き》がつきやしないんだらう、巡査《じゆんさ》にすかされて、泣《な》いちやあ母樣《おつかさん》が來《き》てくれないのとばかり思《おも》ひ込《こ》んだので、無理《むり》に堪《こら》へてうしろを振返《ふりかへ》つて見《み》ようといふ元氣《げんき》もないが、むず/\するので考《かんが》へるやうに、小首《こくび》をふつて、促《うなが》す處《ところ》ある如《ごと》く、はれぼつたい眼《め》で、巡査《じゆんさ》を見上《みあ》げた。
犬《いぬ》はまたなめた。其舌《そのした》の鹽梅《あんばい》といつたらない、いやにべろ/\して頗《すこぶ》るをかしいので、見物《けんぶつ》が一齊《いつせい》に笑《わら》つた。巡査《じゆんさ》も苦笑《にがわらひ》をして、
「おい。」とさういつた。
お孝《かう》は堪《たま》らなかつた。かはいさうで/\かはいさうでならないのを、他《ほか》に多勢《おほぜい》見《み》て居《ゐ》るものを、女《をんな》の身《み》で、とさう思《おも》つて、うつちやつては行《ゆ》きたくなし、さればツて見《み》ても居《ゐ》られず、ほんとに何《ど》うしようかと思《おも》つて、はツ/\したんだから、此時《このとき》もう堪《たま》らなくなつたんだ。
いきなり前《まへ》へ出《で
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