《まうつむ》けに流《なが》れ來《き》しが、あはよく巖《いは》に住《とゞ》まりて、一瀬《ひとせ》造《つく》れる件《くだん》の石《いし》に、はた其《そ》の桂《かつら》の枝《えだ》まつはりたるに、衣《ころも》の裾《すそ》を卷《ま》き込《こ》まれ、辛《から》くも其《そ》の身《み》をせき留《と》めつ。恰《あたか》もよし横《よこ》ざまに崖《がけ》を生《お》ひ出《い》でて、名《な》を知《し》らぬ花《はな》咲《さ》きたる、樹《き》の枝《えだ》に縋《すが》りつも、づぶ濡《ぬ》れのまゝ這《は》ひ上《あが》りし、美《うつく》しき男《をとこ》なれば、これさへ水《みづ》の垂《た》るばかり。草《くさ》をつかみ、樹《き》を辿《たど》りて、次第《しだい》に上《そら》へ攀上《よぢのぼ》る。雫《しづく》の餘波《あまり》、蔓《つる》にかゝりて、玉《たま》の簾《すだれ》の靡《なび》くが如《ごと》く、頓《やが》てぞ大木《たいぼく》を樹上《きのぼ》つて、梢《こずゑ》の閨《ねや》を探《さぐ》り得《え》しが、鶴《つる》が齊眉《かしづ》く美女《たをやめ》と雲《くも》の中《なか》なる契《ちぎり》を結《むす》びぬ。
里《さと》の言葉《ことば》を知《し》らぬ身《み》も、戀《こひ》には女《をんな》賢《さかし》うして、袖《そで》に袂《たもと》に蔽《おほ》ひしが、月日《つきひ》經《た》つまゝ、鶴《つる》はさすがに年《とし》の功《こう》、己《おの》が頭《かしら》の色《いろ》や添《そ》ふ、女《むすめ》の乳《ちゝ》の色《いろ》づきけるに、總毛《そうげ》を振《ふる》つて仰天《ぎやうてん》し、遍《あまね》く木《こ》の葉《は》を掻搜《かきさが》して、男《をとこ》の裾《すそ》を見出《みだ》ししかば、ものをも言《い》はず一嘴《ひとくちばし》、引咬《ひつくは》へて撥《は》ね飛《と》ばせば、美少年《びせうねん》はもんどり打《う》つて、天上《てんじやう》に舞上《まひあが》り、雲雀《ひばり》の姿《すがた》もなかりしとぞ。
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外面女菩薩《げめんによぼさつ》――内心如夜叉《ないしんによやしや》
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心得《こゝろえ》たか、と語《かた》らせ給《たま》へば、羅漢《らかん》の末席《まつせき》に侍《さぶら》ひて、悟顏《さとりがほ》の周梨槃特《しゆりはんどく》、好《この》もしげなる目色《めつき》にて、わが佛《ほとけ》、
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