らん、夜分《やぶん》な星《ほし》にも覗《のぞ》かすな、心得《こゝろえ》たか、とのたまへば、赤《あか》い頭巾《づきん》を着《き》た親仁《おやぢ》、嘴《くちばし》を以《も》て床《ゆか》を叩《たゝ》き、項《うなじ》を垂《た》れて承《うけたまは》り、殿《との》の膝《ひざ》におはします、三歳《さんさい》の君《きみ》をふうはりと、白《しろ》き翼《つばさ》に掻《か》い抱《いだ》き、脚《あし》を縮《ちゞ》めて御庭《おんには》の松《まつ》の梢《こずゑ》を離《はな》れ行《ゆ》く。
 恁《かく》て可凄《すさまじ》くも又《また》可恐《おそろし》き、大薩摩《おほさつま》ヶ|嶽《たけ》の半《なか》ばに雲《くも》を貫《つらぬ》く、大木《たいぼく》の樹《みき》の高《たか》き枝《えだ》に綾錦《あやにしき》の巣《す》を營《いとな》み、こゝに女《むすめ》を据《す》ゑ置《お》きしが、固《もと》より其《そ》の處《ところ》を選《えら》びたれば、梢《こずゑ》は猿《ましら》も傳《つた》ふべからず、下《した》は矢《や》を射《い》る谷川《たにがは》なり。富士河《ふじがは》の船《ふね》も寄《よ》せ難《がた》し。はぐくみ參《まゐ》らす三度《さんど》のものも、殿《との》の御扶持《ごふち》を賜《たま》はりて、鶴《つる》が虚空《こくう》を運《はこ》びしかば、今《いま》は憂慮《きづか》ふ事《こと》なし? とて、年月《としつき》を經《ふ》る夜毎々々《よごと/\》、殿《との》は美《うつく》しき夢《ゆめ》見《み》ておはしぬ。
 恁《か》くてぞありける。あゝ、日《ひ》は何時《いつ》ぞ、天《てん》より星《ほし》一《ひと》つ、はたと落《お》ちて、卵《たまご》の如《ごと》き石《いし》となり、其《そ》の水上《みなかみ》の方《かた》よりしてカラカラと流《なが》れ來《く》る。又《また》あとより枝一枝《えだひとえだ》、桂《かつら》の葉《は》の茂《しげ》りたるが、藍《あゐ》に緑《みどり》を飜《ひるがへ》し、渦《うづ》を捲《ま》いてぞ流《なが》れ來《く》る。續《つゞ》いて一人《ひとり》の美少年《びせうねん》、何處《いづこ》より落《お》ちたりけん、華嚴《けごん》の瀧《たき》の底《そこ》を拔《ぬ》けて、巖《いは》の缺《かけら》と藻屑《もくづ》とともに、雲《くも》より落《お》ちつと覺《おぼ》しきが、助《たす》けを呼《よ》ぶか諸手《もろて》を上《あ》げて、眞俯向
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