ましますべし。然《さ》りながら、我《わ》が君主《との》、無禮《なめ》なる儀《ぎ》には候《さふら》へども、此《こ》の姫《ひめ》、殿《との》の夫人《ふじん》とならせたまふ前《まへ》に、餘所《よそ》の夫《をつと》の候《さふらふ》ぞや。何《なん》と、と殿樣《とのさま》、片膝《かたひざ》屹《きつ》と立《た》てたまへば、唯唯《はは》、唯《は》、恐《おそ》れながら、打槌《うつつち》はづれ候《さふらふ》ても、天眼鏡《てんがんきやう》は淨玻璃《じやうはり》なり、此《こ》の女《ぢよ》、夫《をつと》ありて、後《のち》ならでは、殿《との》の御手《おんて》に入《い》り難《がた》し、と憚《はゞか》らずこそ申《まを》しけれ。
 殿《との》よツく聞《きこ》し召《め》し、呵々《から/\》と笑《わら》はせ給《たま》ひ、余《よ》を誰《たれ》ぢやと心得《こゝろえ》る。コリヤ道人《だうじん》、爾《なんぢ》が天眼鏡《てんがんきやう》は違《たが》はずとも、草木《くさき》を靡《なび》かす我《われ》なるぞよ。金《かね》の力《ちから》と權威《けんゐ》を以《もつ》て、見事《みごと》に此《こ》の女《もの》祕藏《ひざう》し見《み》すべし、再《ふたゝ》び是《これ》を阿母《おふくろ》の胎内《たいない》に戻《もど》すことこそ叶《かな》はずとも、などか其《そ》の術《すべ》のなからんや、いで立處《たちどころ》に驗《しるし》を見《み》せう。鶴《つる》よ、來《こ》いよ、と呼《よ》びたまへば、折《をり》から天下太平《てんかたいへい》の、蒼空《あをぞら》高《たか》く伸《の》したりける、丹頂千歳《たんちやうせんざい》の鶴《つる》一羽《いちは》、ふは/\と舞《ま》ひ下《お》りて、雪《ゆき》に末黒《すゑぐろ》の大紋《だいもん》の袖《そで》を絞《しぼ》つて畏《かしこま》る。殿《との》、御覽《ごらう》じ、早速《さつそく》の伺候《しこう》過分々々《くわぶん/\》と御召《おめ》しの御用《ごよう》が御用《ごよう》だけ、一寸《ちよつと》お世辭《せじ》を下《くだ》し置《お》かれ、扨《さ》てしか/″\の仔細《しさい》なり。萬事《ばんじ》其《そ》の方《はう》に相《あひ》まかせる、此女《このもの》何處《いづこ》にても伴《ともな》ひ行《ゆ》き、妙齡《としごろ》を我《わ》が手《て》に入《い》れんまで、人目《ひとめ》にかけず藏《かく》し置《お》け。日月《ひつき》にはともあ
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