弱点《よわみ》があるだけ、人知れず冷汗が習《ならい》であったから、その事ならもう聞くまい、と手強く念を入れると、今夜はズボンの膝を畏《かしこま》っただけ大真面目。もっとも馴染《なじみ》の相談も串戯《じょうだん》ではないのだけれども。特に更《あらたま》って、ついにない事、もじもじして、
「実はね、母様も云ったんだ、君に相談をして見ろと……」
「縁談だね、真面目な。」
 珍らしそうに顔を見て、
「母様から御声懸りで、僕に相談と云う縁談の口は、当時心当りが無いが。ああ、」
 と軽く膝を叩いた。
「隣家《となり》のかい。むむ、あれは別嬪《べっぴん》だ。ちょいと高慢じゃあるが、そのかわり学校はなかなか出来るそうだ。」
 英吉は小児《こども》のように頭《かぶり》を振って、
「ううむ、違うよ。」
「違う。じゃ誰だい。」
 と落着いて尋ねると、慌てて衣兜《かくし》へ手を突込《つっこ》み、肩を高うして、一ツ揺《ゆす》って、
「真砂町の、」
「真砂町※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」
 と聞くや否や、鸚鵡返《おうむがえ》しに力が入った。床の間にしっとりと露を被《かつ》いだ矢車の花は、燈《ひ》の明《あかり
前へ 次へ
全428ページ中52ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング