まいか。」
 と気を、その書物に取られたか、木に竹を接《つ》いだような事を云うと、もっての外|真面目《まじめ》に受けて、
「君か、君は何だ、学位は持っちゃおらんけれど、独逸《ドイツ》のいけるのは僕が知ってるからね。母様の信用さえ得てくれりゃ、何だ。ええ君、妹たちには、もとより評判が可いんだからね、色男、ははは、」
 と他愛なく身体《からだ》中で笑い、
「だって、どうする。階下《した》に居るのを、」
 背後《うしろ》を見返り、
「湯かい。見えなかったようだっけ。」
 主税は堪《こら》えず失笑《ふきだ》したが、向直って話に乗るように、
「まあ、可い加減にして、疾《はや》く一人貰っちゃどうだ。人の事より御自分が。そうすりゃ遊蕩《あそび》も留《や》みます。安保箭五郎悪い事は言わないが、どうだ。」
「むむ、その事だがね。」
 とぐったりしていた胸を起して、また手巾で口を拭いて、なぜか、縞《しま》のズボンを揃えて、ちゃんと畏《かしこ》まって、
「実はその事なんだ。」
「何がその事だ。」
「やっぱりその事だ。」
「いずれその事だろう。」
「ええ、知ってるのか。」
「ちっとも知らない、」
 と煙管《き
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