己を早瀬だと思え。世界に二人と無い夫だと思え。早瀬より豪《えら》い男だ。学問も出来る、名も高い、腕も有る、あれよりは年も上だ。脊も高い、腹も確《たしか》だ、声も大《おおき》い、酒も強い、借金も多い、男|振《ぶり》もあれより増《まし》だ。女房もあり、情婦《いろ》もあり、娘も有る。地位も名誉も段違いの先生だ。酒井俊蔵を夫と思え、情夫《いろおとこ》と思え、早瀬主税だと思って、言いたいことを言え、したいことをしろ、不足はあるまい。念仏も弥陀《みだ》も何《なんに》も要らん、一心に男の名を称《とな》えるんだ。早瀬と称えて袖に縋《すが》れ、胸を抱け、お蔦。……早瀬が来た、ここに居るよ。」
 と云うと、縋りついて、膝に乗るのを、横抱きに頸《うなじ》を抱いた。
 トつかまろうとする手に力なく、二三度探りはずしたが、震えながらしっかりと、酒井先生の襟を掴《つか》んで、
「咽喉《のど》が苦しい、ああ、呼吸《いき》が出来ない。素人らしいが、(と莞爾《にっこり》して、)口移しに薬を飲まして……」
 酒井は猶予《ため》らわず[#「猶予らわず」は底本では「猶了らわず」]、水薬を口に含んだのである。
 がっくりと咽喉
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