扉《ドア》に手を掛けた医学士の二の腕を、横ざまにグッと圧《おさ》えて……曰く、
「院長。」
 と、その得も言われぬ顔を、例の鋭い目で、じろりと見て、
「どうぞ、こちらへ。いいえ、是非。」
 燃ゆるがごとき嫉妬の腕《かいな》を、小脇にしっかり抱込んだと思うと、早や裏階子の方へ引いて退《の》いた。――


     蛍

       四十六

「己《おれ》が分るか、分るか。おお酒井だ。分ったか、しっかりしな。」
 酒井俊蔵ただ一人、臨終《いまわ》のお蔦の枕許に、親しく顔を差寄せた。次の間には……
「ああ、皆《みんな》居るとも。妙も居るよ。大勢居るから気を丈夫に持て! ただ早瀬が見えん、残念だろう、己も残念だ。病気で入院をしていると云うから、致方《いたしかた》が無い。断念《あきら》めなよ。」
 と、黒髪ばかりは幾千代までも、早やその下に消えそうな、薄白んだ耳に口を寄せて、
「未来で会え、未来で会え。未来で会ったら一生懸命に縋着《すがりつ》いていて離れるな。己のような邪魔者の入らないように用心しろ。きっと離れるなよ。先生なんぞ持つな。
 己はこういう事とは知らなんだ。お前より早瀬の方が可愛い
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