「なぜ? 貴下、」
と、熟《じっ》と頤《おとがい》を据えて、俯向《うつむ》いて顔を見ると、早瀬はわずかに目を開《あ》いて、
「なぜとは?」
「…………」
「第一、貴女に、見せられる顔じゃありません。」
と云う呼吸《いき》づかいが荒くなって、毛布《けっと》を乗出した、薄い胸の、露《あら》わな骨が動いた時、道子の肩もわなわなして、真白な手の戦《おのの》くのが、雪の乱るるようであった。
「安東村へおともをしたのは……夢ではないのでございますね。」
早瀬は差置かれた胸の手に、圧《お》し殺されて、あたかも呼吸の留るがごとく、その苦《くるしみ》を払わんとするように、痩細《やせほそ》った手で握って、幾度《いくたび》も口を動かしつつ辛うじて答えた。
「夢ではありません、が、この世の事ではないのです。お、お道さん、毒を、毒を一思いに飲まして下さい。」
と魚《うお》の渇けるがごとく悶《もだ》ゆる白歯に、傾く鬢《びん》からこぼるるよと見えて、衝《つ》と一片《ひとひら》の花が触れた。
颯《さっ》となった顔を背けて、
「夢でなければ……どうしましょう!」
と道子は崩れたように膝を折って、寝台の端に額
前へ
次へ
全428ページ中381ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング