《す》万の蛙《かわず》の声。蛙、蛙、蛙、蛙、蛙と書いた文字に、一ツ一ツ音があって、天地《あめつち》に響くがごとく、はた古戦場を記した文に、尽《ことごと》く調《しらべ》があって、章と句と斉《ひと》しく声を放って鳴くがごとく、何となく雲が出て、白く移り行くに従うて、動揺《どよみ》を造って、国が暗くなる気勢《けはい》がする。
時に湯気の蒸した風呂と、庇合《ひあわい》の月を思うと、一生の道中記に、荒れた駅路《うまやじ》の夜の孤旅《ひとりたび》が思出される。
渠《かれ》は愁然として額を圧《おさ》えた。
「どうぞお休み下さりまし。」
と例の俯向《うつむ》いた陰気な風で、敷居越に乳母が手を支《つ》いた。
「いろいろお使い立てます。」
と直ぐにずッと立って、
「どちらですか。」
「そこから、お座敷へどうぞ……あの、先刻はまた、」と頭《つむり》を下げた。
寝床はその、十畳の真中《まんなか》に敷いてあった。
枕許《まくらもと》に水指《みずさし》と、硝子杯《コップ》を伏せて盆がある。煙草盆を並べて、もう一つ、黒塗|金蒔絵《きんまきえ》の小さな棚を飾って、毛糸で編んだ紫陽花《あじさい》の青い花に、
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