この時|更《あらた》めて、略式の会釈あり。
「私《わたくし》は英さんの妹でございます。」
「ああ、おうわさで存じております。島山さんの令夫人《おくさん》でいらっしゃいますか。……これはどうも。」
静岡県……某《なにがし》……校長、島山理学士の夫人|菅子《すがこ》、英吉がかつて、脱兎《だっと》のごとし、と評した美人《たおやめ》はこれであったか。
足|一度《ひとたび》静岡の地を踏んで、それを知らない者のない、浅間《せんげん》の森の咲耶姫《さくやひめ》に対した、草深の此花《このはな》や、実《げ》にこそ、と頷《うなず》かるる。河野一族随一の艶《えん》。その一門の富貴栄華は、一《いつ》にこの夫人に因って代表さるると称して可《い》い。
夫の理学士は、多年西洋に留学して、身は顕職にありながら純然たる学者肌で、無慾、恬淡《てんたん》、衣食ともに一向気にしない、無趣味と云うよりも無造作な、腹が空けば食べるので、寒ければ着るのであるから、ただその分量の多からんことを欲するのみ。※[#「睹のつくり/火」、第3水準1−87−52]《に》たのでも、焼いたのでも、酢でも構わず。兵児帯《へこおび》でも、ズボン
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