ちらした、主税の姿が、まるで見えなくなったと思うと、お妙は拗《す》ねた状《さま》に顔だけを障子で隠して、そのつかまった縁を、するする二三度、烈しく掌《たなそこ》で擦《こす》ったが、背《せな》を捻《よ》って、切なそうに身を曲げて、遠い所のように、つい襖の彼方《あなた》の茶の間を覗くと、長火鉢の傍《わき》の釣洋燈の下に、ものの本にも実際にも、約束通りの女中《おさん》の有様。
 ちょいと、風邪を引くよ、と先刻《さっき》から、隣座敷の机に恁《よ》っかかって絵を描《か》きながら、低声《こごえ》で気をつけたその大揺れの船が、この時、最早や見事な難船。
 お妙はその状を見定めると、何を穿いたか自分も知らずに、スッと格子を開けるが疾《はや》いか、身動《みじろ》ぎに端が解けた、しどけない扱帯《しごき》の紅《くれない》。

       五十九

「厭《いや》よ、主税さん、地方《いなか》へ行っては。」
 とお妙の手は、井戸端の梅に縋《すが》ったが、声は早瀬をせき留める。
「…………」
「厭だわ、私、地方《いなか》へなんぞ行ってしまっては。」
 主税は四辺《あたり》を見たのであろう、闇《やみ》の青葉に帽子《
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