急《せ》いた声で賺《すか》すがごとく、顔を附着《くッつ》けて云うのを聞いて、お妙は立留まって、おとなしく頷《うなず》いたが、(許す。)の態度で、しかも優しかった。
「ああ。」と、安堵《あんど》の溜息を一所にして、教頭は室の真中に、ぼんやりと突立つ。
 河野の姿が、横ざまに飛んで、あたふた先へ立って扉《ドア》を開いて控えたのと、擦違いに、お妙は衝《つい》と抜けて、顔に当てた袖を落した。
 雨を帯びたる海棠《かいどう》に、廊下の埃《ほこり》は鎮まって、正午過《ひるすぎ》の早や蔭になったが、打向いたる式台の、戸外《おもて》は麗《うららか》な日なのである。
 ト押重《おっかさな》って、木《こ》の実の生《な》った状《さま》に顔を並べて、斉《ひと》しくお妙を見送った、四ツの髯の粘り加減は、蛞蝓《なめくじ》の這うにこそ。
 真砂町の家《うち》へ帰ると、玄関には書生が居て、送迎いの手数を掛けるから、いつも素通りにして、横の木戸をトンと押して、水口から庭へ廻って、縁側へ飛上るのが例で。
 さしむき今日あたりは、飛石を踏んだまま、母様《かあさん》御飯、と遣って、何ですね、唯今《ただいま》も言わないで
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