「早瀬さん、私、私じゃ、」
 と声が消えて、小芳は紋着《もんつき》の袖そのまま、眉も残さず面《おもて》を蔽《おお》う。
「いや、愛想の尽きた蛆虫《うじむし》め、往生際の悪い丁稚《でっち》だ。そんな、しみったれた奴は盗賊《どろぼう》だって風上にも置きやしない、酒井の前は恐れ多いよ、帰れ!
 これ、姦通《まおとこ》にも事情はある、親不孝でも理窟を云う。前座のような情実《わけ》でもあって、一旦内へ入れたものなら、猫の児《こ》の始末をするにも、鰹節《かつおぶし》はつきものだ。談《はなし》を附けて、手を切らして、綺麗に捌《さば》いてやろうと思って、お前の許《とこ》へ行くつもりで、百と、二百は、懐中《ふところ》に心得て出て来たんだ。
 この段になっても、まだ、ああ、心得違いをいたしました。先生よしなに、とは言い得ないで、秘し隠しをする料簡《りょうけん》じゃ、汝《うぬ》が家を野天《のでん》にして、婦《おんな》とさかっていたいのだろう。それで身が立つなら立って見ろ。口惜《くや》しくば、おい、こうやって馴染《なじみ》の芸者を傍《そば》に置いて、弟子に剣突《けんつく》をくわせられる、己のような者になって出
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