来たので、主税は吻《ほっ》と呼吸《いき》を吐《つ》いて、はじめて持扱った三世相を懐中《ふところ》へ始末をすると、壱岐殿坂《いきどのざか》の下口《おりぐち》で、急な不意打。
「お前の許《とこ》でも皆《みんな》健康《たっしゃ》か。」
 また冷りとした。内には女中と……自分ばかり、(皆健康か。)は尋常事《ただごと》でない。けれども、よもや、と思うから、その(皆)を僻耳《ひがみみ》であろう、と自分でも疑って、
「はい?」
 と、聞直したつもりを、酒井がそのまま聞流してしまったので(さようでございます。)と云う意味になる。
 で、安からぬ心地がする。突当りの砲兵工廠《ぞうへい》の夜の光景は、楽天的に視《ながめ》ると、向島の花盛を幻燈で中空へ顕わしたようで、轟々《ごうごう》と轟《とどろ》く響が、吾妻橋を渡る車かと聞なさるるが、悲観すると、煙が黄に、炎が黒い。
 通りかかる時、蒸気が真白《まっしろ》な滝のように横ざまに漲《みなぎ》って路を塞いだ。
 やがて、水道橋の袂《たもと》に着く――酒井はその雲に駕《が》して、悠々として、早瀬は霧に包まれて、ふらふらして。
 無言の間、吹かしていた、香の高い巻莨
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