をかれこれ人中で云っている奴があるかい、見っともない。」
 と言い棄てて、直ぐに歩を移して、少し肩の昂《あが》ったのも、霜に堪え、雪を忍んだ、梅の樹振は潔い。
 呆気《あっけ》に取られた顔をして、亭主が、ずッと乗出しながら、
「へい。」
 とばかり怯《おび》えるように差出した三世相を、ものをも言わず引掴《ひッつか》んで、追縋《おいすが》って跡に附くと、早や五六間|前途《むこう》へ離れた。
「どうも恐入ります。ええ、何、別に入用《いりよう》なのじゃないのでございますから、はい、」
 と最初の一喝に怯気々々《びくびく》もので、申訳らしく独言《ひとりごと》のように言う。
 酒井は、すらりと懐手のまま、斜めに見返って、
「用《い》らないものを、何だって価を聞くんだ。素見《ひやか》すのかい、お前は、」
「…………」
「素見すのかよ。」
「ええ、別に、」と俯向《うつむ》いて怨めしそうに、三世相を揉み、且つ捻《ひね》くる。
 少時《しばらく》して、酒井はふと歩《あゆみ》を停めて、
「早瀬。」
「はい、」
 とこの返事は嬉しそうに聞えたのである。

       三十一

 名を呼ばれるさえ嬉しいほど
前へ 次へ
全428ページ中104ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング