、そんな野蛮なものは要らないわ! と刎《は》ねられて、利いた風な、と口惜《くやし》がった。
面当《つらあ》てというでもあるまい。あたかもその隣家《となり》の娘の居間と、垣一ツ隔てたこの台所、腰障子の際に、懐手で佇《たたず》んで、何だか所在なさそうに、しきりに酸漿を鳴らしていたが、ふと銀杏返《いちょうがえ》しのほつれた鬢《びん》を傾けて、目をぱっちりと開けて何かを聞澄ますようにした。
コロコロコロコロ、クウクウコロコロと声がする。唇の鳴るのに連れて。
ちょいと吹留《ふきや》むと、今は寂寞《しん》として、その声が止まって、ぼッと腰障子へ暖う春の日は当るが、軒を伝う猫も居《お》らず、雀の影もささぬ。
鼠かと思ったそうで、斜《ななめ》に棚の上を見遣《みや》ったが、鍋も重箱もかたりとも云わず、古新聞がまたがさりともせぬ。
四辺《あたり》を見ながら、うっかり酸漿に歯が触る。とその幽《かすか》な音《ね》にも直ちに応じて、コロコロ。少し心着いて、続けざまに吹いて見れば、透かさずクウクウ、調子を合わせる。
聞き定めて、
「おや、」と云って、一段|下流《しもながし》の板敷へ下りると、お源と云う
前へ
次へ
全428ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング