《ひょうたん》式に膝に引着け、あの右角の、三等待合の入口を、叱られぬだけに塞いで、樹下石上の身の構え、電燈の花見る面色《つらつき》、九分九厘に飲酒《おみつ》たり矣《い》。
あれでは、我慢が仕切れまい、真砂町の井筒の許《もと》で、青葉落ち、枝裂けて、お嬢と分れて来る途中、どこで飲んだか、主税も陶然たるもので、かっと二等待合室を、入口から帽子を突込んで覗《のぞ》く処を、め[#「め」に傍点]組は渠《かれ》のいわゆる(こっち。)から呼んだので。これが一言《ひとこと》でブーンと響くほど聞えたのであるから、その大音や思うべし。
「やあ、待たせたなあ。」
主税も、こうなると元気なものなり。
ドッコイショ、と荷物は置棄てに立って来て、
「待たせたぜ、先生、私《わっし》あ九時から来ていた。」
「退屈したろう、気の毒だったい。」
「うんや、何。」
とニヤリとして、半纏《はんてん》の腹を開けると、腹掛へ斜《はす》っかいに、正宗の四合罎《しごうびん》、ト内証で見せて、
「これだ、訳やねえ、退屈をするもんか。時々|喇叭《らっぱ》を極《き》めちゃあね、」
と向顱巻《むこうはちまき》の首を掉《ふ》って、
「切符の売下口《うりさげぐち》を見物でさ。ははは、別嬪《べっぴん》さんの、お前《めえ》さん、手ばかりが、あすこで、真白《まっしろ》にこうちらつく工合は、何の事あねえ、さしがねで蝶々を使うか、活動写真の花火と云うもんだ、見物《みもの》だね。難有《ありがて》え。はははは。」
「馬鹿だな、何だと思う、お役人だよ、怪しからん。」
と苦笑いをして躾《たしな》めながら、
「家《うち》はすっかり片附いたかい、大変だったろう。」
「戦《いくさ》だ、まるで戦だね。だが、何だ、帳場の親方も来りゃ、挽子《ひきこ》も手伝って、燈《あかり》の点《つ》く前《めえ》にゃ縁の下の洋燈《ランプ》の破《こわ》れまで掃出した。何をどうして可いんだか、お前《めえ》さん、みんな根こそぎ敲《たた》き売れ、と云うけれど、そうは行かねえやね。蔦ちゃんが、手を突込んだ糠味噌なんざ、打棄《うっちゃ》るのは惜《おし》いから、車屋の媽々《かかあ》に遣りさ。お仏壇は、蔦ちゃんが人手にゃ渡さねえ、と云うから、私《わっし》は引背負《ひっしょ》って、一度内へ帰《けえ》ったがね、何だって、お前さん、女人禁制で、蔦ちゃんに、采《さい》を掉《ふら》せねえで、城を明渡すんだから、煩《むず》かしいや。長火鉢の引出しから、紙にくるんだ、お前さん、仕つけ糸の、抜屑を丹念に引丸《ひんまる》めたのが出たのにゃ、お源坊が泣出した。こんなに御新造《ごしん》さんが気をつけてなすったお世帯だのにッて、へん、遣ってやあがら。
ええ、飲みましたとも。鉄砲巻は山に積むし、近所の肴屋《さかなや》から、鰹《かつお》はござってら、鮪《まぐろ》の活《いき》の可いやつを目利して、一土手提げて来て、私が切味《きれあじ》をお目にかけたね。素敵な切味、一分だめしだ。転がすと、一《ぴん》が出ようというやつを親指でなめずりながら、酒は鉢前《はちめえ》で、焚火で、煮燗《にがん》だ。
さあ、飲めってえ、と、三人で遣りかけましたが、景気づいたから手明きの挽子どもを在りったけ呼《よん》で来た。薄暗い台所《だいどこ》を覗く奴あ、音羽から来る八百屋だって。こっちへ上れ。豆腐イもお馴染だろう。彼奴《あいつ》背負引《しょび》け。やあ、酒屋の小僧か、き様喇叭節を唄え。面白え、となった処へ、近所の挨拶を済《すま》して、帰《けえ》って来た、お源坊がお前さん、一枚《いちめえ》着換えて、お化粧《つくり》をしていたろうじゃありませんか。蚤取眼《のみとりまなこ》で小切《こぎれ》を探して、さっさと出てでも行く事か。御奉公のおなごりに、皆さんお酌、と来たから、難有《ありがて》え、大日如来、己《おら》が車に乗せてやる、いや、私《わっち》が、と戦だね。
戦と云やあ、音羽の八百屋は講釈の真似を遣った、親方が浪花節だ。
ああ、これがお世帯をお持ちなさいますお祝いだったら、とお源坊が涙ぐんだしおらしさに。お前《め》さん、有象無象《うぞうむぞう》が声を納めて、しんみりとしたろうじゃねえか。戦だね。泣くやら、はははははは、笑うやら、はははは。」
六十一
「そこでお前《め》さん、何だって、世帯をお仕舞《しめ》えなさるんだか、金銭ずくなら、こちとらが無尽をしたって、此家《ここ》の御夫婦に夜遁《よに》げなんぞさせるんじゃねえ、と一番《いっち》しみったれた服装《なり》をして、銭の無さそうな豆腐屋が言わあ。よくしたもんだね。
銭金ずくなら、め[#「め」に傍点]組がついてる、と鉄砲巻の皿を真中《まんなか》へ突出した、と思いねえ。義理にゃ叶わねえ、御新造《ごしんぞ》の方は、先生が子飼から世話
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