》に、と思って古浴衣の染を抜いて形を置かせに遣ってある、紺屋へ催促の返事か、と思うと、そうでない。
この忠義ものは、二人の憂《うれい》を憂として、紺屋から帰りがけに、千栽ものの、風呂敷包を持ったまま、内の前を一度通り越して、見附へ出て、土手際の売卜者《うらない》に占《み》て貰った、と云うのであった。
対手《あいて》は学士の方ですって、それまで申して占て貰いましたら、とても縁は無い断念《あきら》めものだ、と謂《い》いましたから、私は嬉しくって、三銭の見料へ白銅一つ発奮《はず》みました。可い気味でございますと、独りで喜んでアハアハ笑う。
まあ、嬉しいじゃないか、よく、お前、お嬢さんの年なんか知っていたね、と云うと、勿怪《もっけ》な顔をして、いいえ、誰方《どなた》のお年も存じません。お蔦は腑《ふ》に落ちない容子をして、売卜者《うらないしゃ》は、年紀《とし》を聞きゃしないかい。ええ、聞きましたから私の年を謂ってやりました。
当前《あたりまえ》よ、対手が学士でお前じゃ、と堪《たま》りかねて主税が云うのを聞いて、目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》って、しばらくして、ええ! 口惜《くやし》いと、台所へ逃込んで、売卜屋の畜生め、どたどたどた。
二人は顔を見合せて、ようように笑《わらい》が出た。
すぐにお蔦が、新しい半襟を一掛《ひとかけ》礼に遣って、その晩は市が栄えたが。
二三日|経《た》って、ともかく、それとなく、お妙がお持たせの重箱を返しかたがた、土産ものを持って、主税が真砂町へ出向くと、あいにく、先生はお留守、令夫人《おくがた》は御墓参、お妙は学校のひけが遅かった。
二十六
仮にその日、先生なり奥方なりに逢ったところで、縁談の事に就いて、とこう謂《い》うつもりでなく、また言われる筋でもなかったが、久闊振《ひさしぶり》ではあり、誰方《どなた》も留守と云うのに気抜けがする。今度来た玄関の書生は馴染《なじみ》が薄いから、巻莨《まきたばこ》の吸殻沢山な火鉢をしきりに突着けられても、興に乗る話も出ず。しかしこの一両日に、坂田と云う道学者が先生を訪問はしませんか、と尋ねて、来ない、と聞いただけを取柄。土産ものを包んで行った風呂敷を畳みもしないで突込んで、見ッともないほど袂《たもと》を膨らませて、ぼんやりして帰りがけ、その横町の中程まで来
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