すすられるのみであったが、厭なものは厭だ、と城を枕に討死をする態度で、少々|自棄《やけ》気味の、酒井先生へ紹介は断然、お断り。
 そこを一つお考え直されて、と言《ことば》を残して帰った後で、アバ大人が媒妁《なこうど》ではなおの事。とお妙の顔が蒼《あお》くなって殺されでもするように、酒も飲まないで屈託をする、とお蔦はお蔦で、かくまってあった姫君を、鐘を合図に首討って渡せ、と懸合われたほどの驚き加減。可愛い夫が可惜《いとおし》がる大切なお主《しゅう》の娘、ならば身替りにも、と云う逆上《のぼ》せ方。すべてが浄瑠璃の三の切《きり》を手本だが、憎くはない。
 さあ、貴郎、そうしていらっしゃる処ではありません、早く真砂町へおいでなすって、先生が何なら奥様《おくさん》まで、あんな許《とこ》へは御相談なさいませんように、お頼みなさらなくッちゃ不可《いけ》ません。ちょいと、羽織を着換えて、と箪笥《たんす》をがたりと引いて、アア、しばらく御無沙汰なすった、明日《あした》め[#「め」に傍点]組が参りますから、何ぞお土産をお持ちなさいまし、先生はさっぱりしたものがお好きだ、と云うし、彼奴《あいつ》が片思いになるように鮑《あわび》がちょうど可い、と他愛もない。
 馬鹿を云え、縁談の前《さき》へ立って、讒口《なかぐち》なんぞ利こうものなら、己《おれ》の方が勘当だ、そんな先生でないのだから、と一言にして刎《は》ねられた、柳橋の策|不被用焉《もちいられず》。
 また考えて見れば、道学者の説を待たずとも、河野家に不都合はない。英吉とても、ただちとだらしの無いばかり、それに結婚すれば自然治まる、と自分も云えば、さもあろう。人の前で、母様《かあさん》と云おうが、父様《とうさま》と云おうが、道義上あえて差支《さしつかえ》はない、かえって結構なくらいである。
 そのこれを難ずるゆえんは……曰く……言い難しだから、表向きはどこへも通らぬ。
 困ったな、と腕を組めば、困りましたねえ、とお蔦も鬱《ふさ》ぐ。
 ここへ大いなる福音を齎《もた》らし来ったのはお源で。
 手廻りの使いに遣《や》ったのに、大分後れたにもかかわらず、水口の戸を、がたひし勢《いきおい》よく、唯今《ただいま》帰りました、あの、御新造様《ごしんぞさん》、大丈夫でございます。
 明後日《あさって》出来るのかい、とお蔦がきりもりで、夏の掻巻《かいまき
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