《したさき》三分で切附けたが、一向に感じないで、
「遣るさ。そのかわり待合や、何かじゃ、僕の方が媒酌人だよ。」
「怪しからん。黒と白との、待て? 海老茶と緋縮緬《ひぢりめん》の交換だな。いや、可い面《つら》の皮だ。ずらりと並べて選取《よりど》りにお目に掛けます、小格子の風だ。」
「可いじゃないか、学校の目的は、良妻賢母を造るんだもの、生理の講義も聞かせりゃ、媒酌《なこうど》もしようじゃあないか。」
とこの人にして大警句。早瀬は恐入った体で、
「成程、」
「勿論人を見てするこッた、いくら媒酌人をすればッて、人ごとに許しゃしない。そこは地位もあり、財産もあり、学位も有るもんなら、」
と自若として、自分で云って、意気|頗《すこぶ》る昂然《こうぜん》たりで、
「講堂で良妻賢母を拵《こしら》えて、ちゃんと父兄に渡す方が、双方の利益だもの。教頭だって、そこは考えているよ。」
「で何かね、」
早瀬は、斜めに開き直って、
「そこで僕の、僕の先生の娘を見たんだな。」
「ああ、しかも首席よ。出来るんだね。そうして見た処、優美《しとやか》で、品が良くって、愛嬌《あいきょう》がある。沢山ない、滅多にないんだ。高級三百顔色なし。照陽殿裏第一人だよ。あたかも可《よし》、学校も照陽女学校さ。」
と冷えた茶をがぶりと一口。浮かれの体とおいでなすって、
「はは、僕ばかりじゃない、第一母様が気に入ったさ。あれなら河野家の嫁にしても、まあまあ……恥かしくない、と云って、教頭に尋ねたら、酒井妙子と云うんだ。ちょっと、教員室で立話しをしたんだから、委《くわし》いことは追てとして、その日は帰った。
すると昨日《きのう》、母様がここへ訪ねて来たろう。帰りがけに、飯田町から見附《みつけ》を出ようとする処で、腕車《くるま》を飛ばして来た、母衣《ほろ》の中のがそれだッたって、矢車の花を。」
と言いかけて、床の間を凝《じっ》と見て、
「ああ、これだこれだ。」
ひょいと腰を擡《もた》げて、這身《はいみ》にぬいと手を伸ばした様子が、一本《ひともと》引抜《ひんぬ》きそうに見えたので、
「河野!」
「ええ、」
「それから。おい、肝心な処だ。フム、」
乗って出たのに引込まれて、ト居直って、
「あの砂埃《すなほこり》の中を水際立って、駈け抜けるように、そりゃ綺麗だったと云うのだ。立留って見送ると、この内の角へ車を下
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