》を余所《よそ》に、暖か過ぎて障子を透《すか》した、富士見町あたりの大空の星の光を宿して、美しく活《いか》っている。
見よ、河野が座を、斜《ななめ》に避けた処には、昨日《きのう》の袖の香を留めた、友染の花も、綾《あや》の霞も、畳の上を消えないのである。
真砂町、と聞返すと斉《ひと》しく、屹《きっ》とその座に目を注いだが、驚破《すわ》と謂《い》わば身をもって、影をも守らん意気組であった。
英吉はまた火箸を突支棒《つっかいぼう》のようにして、押立尻《おったてじり》をしながら、火鉢の上へ乗掛《のっかか》って、
「あの、酒井ね、君の先生の。あすこに娘があるんだね。」
「あるさ、」と云ったが、余り取っても着けないようで、我ながら冷かに聞えたから、
「知らなかったかな、君は。随分その方へかけちゃ、脱落《ぬかり》はあるまいに。」
「洋燈《ランプ》台下暗しで、(と大《おおい》に洒落《しゃ》れて、)さっぱり気が付かなかった。君ン許《とこ》へもちょいちょい遊びに来るんだろう。」
「お成りがあるさ。僕には御主人だ。」
「じゃ一度ぐらい逢いそうなものだった。」
何か残惜く、かごとがましく、不平そうに謂ったのが、なぜ見せなかった、と詰《なじ》るように聞えたので、早瀬は石を突流すごとく、
「縁が無かったんだろうよ。」
「ところがあります、ははは、」と、ここでまた相好とともに足を崩して、ぐたりと横坐りになって、
「思うに逢わずして思わざるに……じゃない。向うも来れば僕も来るのに、此家《ここ》で逢いそうなものだったが、そうでなくって君、学校で見たよ。ああ、あの人の行く学校で、妙子さんの行く学校で。」
と、何だか話しに乗らないから、畳かけて云った。妙子、と早や名のこの男に知られたのを、早瀬はその人のために恥辱のように思って、不快な色が眉の根に浮んだ。
「どうして、学校で、」
とこの際わざと尋ねたのである。母子《おやこ》で参観したことは、もう心得ていたのに。
十七
「どうもこうも無いさ。母様と二人で参観に出掛けたんだ。教頭は僕と同窓だからね。先《せん》にから来て見い、来て見い、と云うけれど、顔の方じゃ大した評判の無い学校だから、馬鹿にしていたが驚いたね。勿論五年級にゃ佳《い》いのが居ると云ったっけが、」
「じゃあその教頭、媒酌人《なこうど》も遣《や》るんだな。」
と舌尖
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