せる》を取って、
「いや、真面目に真面目に、何か、心当りでも出来たかね。」
縁談
十六
時に河野がその事と言えば、いずれ婦《おんな》に違いないが、早瀬はいつもこの人から、その収紅拾紫《しゅうこうしゅうし》、鶯《うぐいす》を鳴かしたり、蝶を弄《もてあそ》んだりの件について、いや、ああ云ったがこれは何と、こう申したがそれは如何《いかに》。無心をされたがどうしたものか、なるべくは断りたい、断ったら嫌われようか、嫌われては甚だ不好《まず》い。一体|恋《スウィート》でありながら金子《かね》をくれろは変な工合だ、妙だよ。その意志のある処を知るに苦《くるし》む、などと、※[#「そろべくそろ」の合字、59−2]紅をさして、蚯蚓《みみず》までも突附けて、意見? を問われるには恐れている。
誇るに西洋料理七皿をもってする、式《かた》のごとき若様であるから、冷評《ひやか》せば真に受ける、打棄《うっちゃ》って置けば悄《しょ》げる、はぐらかしても乗出す。勢い可い加減にでも返事をすれば、すなわち期せずして遊蕩《あそび》の顧問になる。尠《すくな》からず悩まされて、自分にお蔦と云う弱点《よわみ》があるだけ、人知れず冷汗が習《ならい》であったから、その事ならもう聞くまい、と手強く念を入れると、今夜はズボンの膝を畏《かしこま》っただけ大真面目。もっとも馴染《なじみ》の相談も串戯《じょうだん》ではないのだけれども。特に更《あらたま》って、ついにない事、もじもじして、
「実はね、母様も云ったんだ、君に相談をして見ろと……」
「縁談だね、真面目な。」
珍らしそうに顔を見て、
「母様から御声懸りで、僕に相談と云う縁談の口は、当時心当りが無いが。ああ、」
と軽く膝を叩いた。
「隣家《となり》のかい。むむ、あれは別嬪《べっぴん》だ。ちょいと高慢じゃあるが、そのかわり学校はなかなか出来るそうだ。」
英吉は小児《こども》のように頭《かぶり》を振って、
「ううむ、違うよ。」
「違う。じゃ誰だい。」
と落着いて尋ねると、慌てて衣兜《かくし》へ手を突込《つっこ》み、肩を高うして、一ツ揺《ゆす》って、
「真砂町の、」
「真砂町※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」
と聞くや否や、鸚鵡返《おうむがえ》しに力が入った。床の間にしっとりと露を被《かつ》いだ矢車の花は、燈《ひ》の明《あかり
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