」
あえて臆面《おくめん》は無い容子《ようす》で、
「昨日《きのう》逢ってから、そうした人じゃないようだ、と頷《うなず》いていた。母様はね、君、目が高いんだ、いわゆる士を知る明ありだよ。」
「じゃ、何か、士を知る明があって、それで、何か、そうした人じゃないようだ、(ようだ[#「ようだ」に傍点]。)とまだ疑があるのか。」
「だってただ一面識だものね、三四|度《たび》交際《つきあ》って見たまえ。ちゃんと分るよ、五度とは言わない。」
「何も母様に交際うには当らんじゃないか。せめて年増ででもあればだが、もう婆さまだ。」
と横を向いて、微笑《ほほえ》んで、机の上の本を見た。何の書だか酒井蔵書の印が見える。真砂町から借用のものであろう。
英吉は、火鉢越に覗きながら、その段は見るでもなく、
「年紀《とし》は取ってるけれど、まだ見た処は若いよ。君、婦人会なんぞじゃ、後姿を時々姉と見違えられるさ。
で、何だ、そうやって人を見る明が有るもんだから、婿の選択は残らず母様に任せてあるんだ。取当てるよ。君、内の姉の婿にした医学士なんざ大当りだ。病院の立派になった事を見たまえな。」
「僕なんざ御選択に預れまいか。」
と気を、その書物に取られたか、木に竹を接《つ》いだような事を云うと、もっての外|真面目《まじめ》に受けて、
「君か、君は何だ、学位は持っちゃおらんけれど、独逸《ドイツ》のいけるのは僕が知ってるからね。母様の信用さえ得てくれりゃ、何だ。ええ君、妹たちには、もとより評判が可いんだからね、色男、ははは、」
と他愛なく身体《からだ》中で笑い、
「だって、どうする。階下《した》に居るのを、」
背後《うしろ》を見返り、
「湯かい。見えなかったようだっけ。」
主税は堪《こら》えず失笑《ふきだ》したが、向直って話に乗るように、
「まあ、可い加減にして、疾《はや》く一人貰っちゃどうだ。人の事より御自分が。そうすりゃ遊蕩《あそび》も留《や》みます。安保箭五郎悪い事は言わないが、どうだ。」
「むむ、その事だがね。」
とぐったりしていた胸を起して、また手巾で口を拭いて、なぜか、縞《しま》のズボンを揃えて、ちゃんと畏《かしこ》まって、
「実はその事なんだ。」
「何がその事だ。」
「やっぱりその事だ。」
「いずれその事だろう。」
「ええ、知ってるのか。」
「ちっとも知らない、」
と煙管《き
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