ろう》じまし、鳩の喜びますこと、沢山《たんと》奥様に頂いて、クウクウかいのう、おおおお、」
と合点《がってん》々々、ほたほた笑《えみ》をこぼしながら甘酒を釜から汲《く》む。
見る見るうち、輝く玄潮《くろしお》の退《ひ》いたか、と鳩は掃いたように空へ散って、咄嗟《とっさ》に寂寞《せきばく》とした日当りの地の上へ、ぼんやりと影がさして、よぼよぼ、蠢《うごめ》いて出た者がある。
鼻の下はさまででないが、ものの切尖《きっさき》に痩《や》せた頤《おとがい》から、耳の根へかけて胡麻塩髯《ごましおひげ》が栗の毬《いが》のように、すくすく、頬肉《ほおじし》がっくりと落ち、小鼻が出て、窪んだ目が赤味走って、額の皺《しわ》は小さな天窓《あたま》を揉込《もみこ》んだごとく刻んで深い。色|蒼《あお》く垢《あか》じみて、筋で繋《つな》いだばかりげっそり肩の痩せた手に、これだけは脚より太い、しっかりした、竹の杖を支《つ》いたが、さまで容子《ようす》の賤《いや》しくない落魄《おちぶれ》らしい、五十|近《ぢか》の男の……肺病とは一目で分る……襟垢がぴかぴかした、閉糸《とじいと》の断《き》れた、寝ン寝子を今時分。
藁草履《わらぞうり》を引摺《ひきず》って、勢《いきおい》の無さは埃《ほこり》も得《え》立てず、地の底に滅入込《めりこ》むようにして、正面から辿《たど》って来て、ここへ休もうとしたらしかったが、目ももう疎《うと》くて、近寄るまで、心着かなんだろう。そこに貴婦人があるのを見ると、出かかった足を内へ折曲げ、杖で留めて、眩《まばゆ》そうに細めた目に、あわれや、笑を湛《たた》えて、婆さんの顔をじろりと見た。
「おお、貞《てい》さんか。」
と耳立つほど、名を若く呼んだトタンに、早瀬は屹《きっ》となって鋭く見た。
が、夫人は顔を背けたから何にも知らない。
「主《ぬし》あ、どうさしった、久しく見えなんだ。」
と云うさえ、下地はあるらしい婆さんの方が、見たばかりでもう、ごほごほ。
「方なしじゃ、」
思いの他《ほか》、声だけは確であったが、悪寒がするか、いじけた小児《こども》がいやいや[#「いやいや」に傍点]をすると同一《おなじ》に縮《すく》めた首を破れた寝ン寝子の襟に擦《こす》って、
「埒明《らちあ》かんで、久しい風邪でな、稼業は出来ず、段々弱るばっかりじゃ。芭蕉の葉を煎じて飲むと、熱が除《
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