おなぶんなすったんでございましょうねえ。」
「御串戯《ごじょうだん》おっしゃっては不可《いけ》ません。」
「それでは、どんなお話でございましたの。」
「実は、どういう御婦人だ、と聞かれまして……」
「はあ、」
「何ですよ、貴女、腹をお立てなすっちゃ困りますが、ええ、」
と俯向《うつむ》いて、低声《こごえ》になり、
「女|俳優《やくしゃ》だ、と申しました。」
「まあ、」と清《すずし》い目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》って、屹《きっ》と睨《にら》むがごとくにしたが、口に微笑が含まれて、苦しくはない様子。
「沢山《たんと》、そんなことを云ってお冷かしなさいまし。私はもう下りますから、」
「どちらで、」
と遠慮らしく聞くと、貴婦人は小児の事も忘れたように、調子が冴えて、
「静岡――ですからその先は御勝手におなぶり遊ばせ、室《へや》が違いましても、私の乗っております内は殺生でございますわ。」
「御心配はございません。僕も静岡で下りるんです。」
「お湯《ぶう》。」
と小児が云う時、一所に手にした、珈琲はまだ熱い。
三
「静岡はどちらへお越しなさいます。」
貴婦人が嬉しそうにして尋ねると、青年はやや元気を失った体に見えて、
「どこと云って当なしなんです。当分、旅籠屋《はたごや》へ厄介になりますつもりで。」
もしそれならば、土地の様子が聞きたそうに、
「貴女《あなた》、静岡は御住居《おすまい》でございますか、それともちょっと御旅行でございますか。」
「東京から稼ぎに出ますんですと、まだ取柄はございますが、まるで田舎|俳優《やくしゃ》ですからお恥しゅう存じます。田舎も貴下《あなた》、草深《くさぶか》と云って、名も情ないじゃありませんか。場末の小屋がけ芝居に、お飯炊《まんまたき》の世話場ばかり勤めます、おやまですわ。」
と菫《すみれ》色の手巾《ハンケチ》で、口許を蔽《おお》うて笑ったが、前髪に隠れない、俯向《うつむ》いた眉の美しさよ。
青年は少時《しばらく》黙って、うっかり巻莨《まきたばこ》を取出しながら、
「何とも恐縮。決して悪気があったんじゃありません。貴女ぐらいな女優があったら、我国の名誉だと思って、対手《あいて》が外国人だから、いえ、まったくそのつもりで言ったんですが、真《まこと》に失礼。」
と真面目《まじめ》に謝罪《あや
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