にお妙の足が白い。
「静岡へ参って落着いて、都合が出来ますと、どんな茅屋《あばらや》の軒へでも、それこそ花だけは綺麗に飾って、歓迎《ウェルカム》をしますから、貴娘《あなた》、暑中休暇には、海水浴にいらしって下さい。
 江尻も興津も直《じ》きそこだし、まだ知りませんが、久能山だの、竜華寺だの、名所があって、清見寺も、三保の松原も近いんですから、」
 富士の山と申す、天までとどく山を御目にかけまするまで、主税は姫を賺《すか》して云った。
「厭だわ、そんな事よりか、私、来年卒業すると、もうあんな学校や教頭なんか用は無いんだから、そうすると、主税さんの許《とこ》へ、毎日朝から行って、教頭なんかに見せつけてやるのにねえ。口惜《くや》しいわ、攫徒《すり》の仲間だの、巾着切の同類だのって、貴郎《あなた》の事をそう云うのよ。そして、口を利いちゃ不可《いけな》いって、学校の名誉に障るって云うのよ。可《よ》うござんす、帰途《かえり》に直ぐに、早瀬さんへ行っていッつけてやるって、言おうかと思ったけれど、行状点を減《ひ》かれるから。そうすると、お友達に負《まけ》るから、見っともないから、黙っていたけれど、私、泣いたの。主税さん。卒業したら、その日から、(私も掏摸かい、見て頂戴。)と、貴下の二階に居て讐《かたき》を取ってやりたかったに、残念だわねえ。」
 と擦寄って、
「地方《いなか》へ行かない工夫はないの?」と忘れたように、肩に凭《もた》れて、胸へ縋《すが》ったお妙の手を、上へ頂くがごとくに取って、主税は思わず、唇を指環《ゆびわ》に接《つ》けた。
「忘れません。私は死んでも鬼になって。」
 君の影身に附添わん、と青葉をさらさらと鳴らしたのである。


     巣立の鷹

       六十

「おっと、ここ、ここ、飯田町の先生、こっちだ、こっちだ、はははは。」
 十二時近い新橋|停車場《ステイション》の、まばらな、陰気な構内も、冴返る高調子で、主税を呼懸けたのは、め[#「め」に傍点]組の惣助。
 手荷物はすっかり、このいさみが預って、先へ来て待合わせたものと見える。大《おおき》な支那革鞄《しなかばん》を横倒しにして、えいこらさと腰を懸けた。重荷に小附の折革鞄《ポオトフォリオ》、慾張って挟んだ書物の、背のクロオスの文字が、伯林《ベルリン》の、星の光はかくぞとて、きらきら異彩を放つのを、瓢箪
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