いえさ、串戯は止して今のお客は直ぐに南町の家《うち》へ帰りそうな様子でしたかね。」
「むむ、ずッと帰ると言ったっけ。」
「難有《ありがて》え、」
額をびっしゃり。
「後を慕って、おおそうだ、と遣《や》れ。」
「行《ゆ》くのかい、河野さんへ。」
「ちょっぴりね、」
「じゃ可いけれど。貴郎、」
と主税を見て莞爾《にっこり》して、
「めい公がね、また我儘《わがまま》を云って困ったんですよ。お邸風を吹かしたり、お惣菜並に扱うから、河野さんへはもう行かないッて。折角お頼まれなすったものを、貴郎が困るだろうと思って、これから意見をしてやろうと思った処だったのよ。」
「そうか。」
となぜか、主税は気の無い返事をする。
「御覧なさい。そうすると急にあの通り。ほんとうに気が変るっちゃありやしない。まるで猫の目ね。」
「違えねえ、猫の目の犬の子だ。どっこい忙がしい、」
と荷を上げそうにするのを見て、
「待て、待て、」
「沢山よ。貴郎の分は三切あるわ。まだ昨日《きのう》のも残ってるじゃありませんか。めのさん、可いんだよ。この人にね、お前の盤台を覗かせると、皆《みんな》欲《ほし》がるンだから……」
「これ、」
旦那様苦い顔で、
「端近で何の事《こっ》たい、野良猫に扱いやあがる。」
「だっ……て、」
「め[#「め」に傍点]組も黙って笑ってる事はない、何か言え、営業の妨害《さまたげ》をする婦《おんな》だ。」
「肯《き》かないよ、めの字、沢山なんだから、」
「まあ、お前、」
「いいえ、沢山、大事な所帯だわ。」
「驚きますな。」
「私、もう障子を閉めてよ。」
「め[#「め」に傍点]組、この体《てい》だ。」
「へへへ、こいつばかりゃ犬も食わねえ、いや、四《し》寸ずつ食《あが》りまし。」
「おい、待てと云うに。」
「さっさとおいでよ、魚屋のようでもない。」
「いや、遣瀬《やるせ》がねえ。」
と天秤棒を心《しん》にして、め[#「め」に傍点]組は一ツくるりと廻る。
「お菜《かず》のあとねだりをするんじゃ、ないと云うに。」
と笑いながらお蔦を睨《にら》んで、
「なあ、め[#「め」に傍点]組。」
「ええ、」
「これから河野へ行《ゆ》くんだろう。」
「三枚並で駈附けまさ。」
「それに就いてだ、ちょいと、ここに話が出来た。」
七
「その、河野へ行くに就いてだが、」
と主税は何か、
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