。め[#「め」に傍点]組はつかつかと二足三足、
「おやおやおや、」
 調子はずれな声を放って、手を拡げてぼうとなる。
「どうしたの。」
「可訝《おか》しいぜ。」
 と急に威勢よく引返《ひっかえ》して、
「あれが、今のが、その、河野ッてえのの母親《おふくろ》かね、静岡だって、故郷《くに》あ、」
「ああ。」
「家《うち》は医師《いしゃ》じゃねえかしらん。はてな。」
「どうした、め[#「め」に傍点]組。」
 とむぞうさに台所へ現われた、二十七八のこざっぱりしたのは主税である。
「へへへへへ、」
 満面に笑《えみ》を含んだ、め[#「め」に傍点]組は蓮葉《はすっぱ》帽子の中から、夕映《ゆうやけ》のような顔色《がんしょく》。
「お早うござい。」
「何が早いものか。もう午飯《おひる》だろう、何だ御馳走は、」
 と覗込《のぞきこ》んで、
「ははあ、鯛《てえ》だな。」
「鯛《たい》とおっしゃいよ、見ッともない。」
 とお蔦が笑う。
「他の魚屋の商うのは鯛《たい》さ、め[#「め」に傍点]組のに限っちゃ鯛《てえ》よ、なあ、めい公。」
「違えねえ。」
「だって、貴郎《あなた》は柄にないわ、主公様《だんなさま》は大人しく鯛魚《たいとと》とおっしゃるもんです、ねえ、め[#「め」に傍点]のさん。」
「違えねえ。」
 主税は色気のない大息ついて、
「何《なん》にしろ、ああ腹が空いたぜ。」
「そうでしょうッて、寝坊をするから、まだ朝御飯を食《あが》らないもの。」
「違えねえ、確《たしか》にアリャ、」
 と、め[#「め」に傍点]組は路地口へ伸上る。

       六

「大分御執心のようだが、どうした。」
 と、め[#「め」に傍点]組のその素振に目を着けて、主税は空腹《すきはら》だというのに。……
「後姿に惚れたのかい。おい、もう可《い》い加減なお婆さんだぜ。」
「だって貴郎《あなた》にゃお婆さんでも、め[#「め」に傍点]組には似合いな年紀《とし》ごろだわ。ねえ、ちょいと、」
「へへへ、違えねえ。」
「よく、(違えねえ。)を云う人さ。」
「だから、確《たしか》だろうと思うんでさ。」
 と呟《つぶや》いて独《ひとり》で飲込み、仰向いて天秤棒を取りながら、
「旦那、」
「己《お》ら御免だ。」と主税は懐手で一ツ肩を揺《ゆす》る。
「え、何を。」
「文でも届けてくれじゃないか。」
「御串戯《ごじょうだん》。
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