燈籠の影に送られ、御神燈の灯に迎えられつつ、地《つち》の濡れた、軒に艶《つや》ある、その横町の中程へ行くと、一条《ひとすじ》朧《おぼろ》な露路がある。
芸妓家《げいしゃや》二軒の廂合《ひあわい》で、透かすと、奥に薄墨で描いたような、竹垣が見えて、涼しい若葉の梅が一木《ひとき》、月はなけれど、風情を知らせ顔にすっきりと彳《たたず》むと、向い合った板塀越に、青柳の忍び姿が、おくれ毛を銜《くわ》えた態《てい》で、すらすらと靡《なび》いている。
梅と柳の間を潜《くぐ》って、酒井はその竹垣について曲ると、処がら何となく羽織の背の婀娜《あだ》めくのを、隣家《となり》の背戸の、低い石燈籠がト踞《しゃが》んだ形で差覗《さしのぞ》く。
主税は四辺《あたり》を見て立ったのである。
先生がその肩の聳《そび》えた、懐手のまま、片手で不精らしくとんとんと枝折戸《しおりど》を叩くと、ばたばたと跫音《あしおと》聞えて、縁の雨戸が細目に開いた。
と派手な友染の模様が透いて、真円《まんまる》な顔を出したが、燈《あかり》なしでも、その切下げた前髪の下の、くるッとした目は届く。隔ては一重で、つい目の前《さき》の、丁子巴の紋を見ると、莞爾々々《にこにこ》と笑いかけて、黙って引込《ひっこ》むと、またばたばたばた。
程もあらせず、どこかでねじを圧したと見える、その小座敷へ、電燈が颯《さっ》と点《つ》くのを合図に、中脊で痩《やせ》ぎすな、二十《はたち》ばかりの細面《ほそおもて》、薄化粧して眉の鮮明《あざやか》な、口許《くちもと》の引緊《ひきしま》った芸妓《げいこ》島田が、わざとらしい堅気づくり。袷《あわせ》をしゃんと、前垂がけ、褄《つま》を取るのは知らない風に、庭下駄を引掛《ひっか》けて、二ツ三ツ飛石を伝うて、カチリと外すと、戸を押してずッと入る先生の背中を一ツ、黙言《だんまり》で、はたと打った。これは、この柏屋《かしわや》の姐《ねえ》さんの、小芳《こよし》と云うものの妹分で、綱次《つなじ》と聞えた流行妓《はやりっこ》である。
「大層な要害だな。」
「物騒ですもの。」
「ちっとは貯蓄《たま》ったか。」
と粗雑《ぞんざい》に廊下へ上る。先生に従うて、浮かぬ顔の主税と入違いに、綱次は、あとの戸を閉めながら、
「お珍らしいこと。」
「…………。」
「蔦吉姉さんはお達者?」と小さな声。
主税はヒヤリとし
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