から紐《ひも》でしめて、褪《あ》せた桃色の襷掛《たすきが》け……などと言うより、腕《かいな》露呈《あらわ》に、肱《ひじ》を一杯に張って、片脇に盥《たらい》を抱えた……と言う方が早い。洗濯をしに来たのである。道端の細流《ほそながれ》で洗濯をするのに、なよやかなどと言う姿はない。――ないのだが、見ただけでなよやかで、盥《たらい》に力を入れた手が、霞を溶いたように見えた。白やかな膚《はだ》を徹《とお》して、骨まで美しいのであろう。しかも、素足に冷めし草履を穿《は》いていた。近づくのに、音のしなかったのも頷《うなず》かれる。
 婦《おんな》は、水ぎわに立停《たちど》まると、洗濯盥――盥には道草に手打《たお》ったらしい、嫁菜が一束挿してあった――それを石の上へこごみ腰におろすと、すっと柳に立直った。日あたりを除《よ》けて来て、且つ汗ばんだらしい、姉《あね》さん被《かぶ》りの手拭《てぬぐい》を取って、額よりは頸脚《えりあし》を軽く拭《ふ》いた。やや俯向《うつむ》けになった頸《うなじ》は雪を欺く。……手拭を口に銜《くわ》えた時、それとはなしに、面《おもて》を人に打蔽《うちおお》う風情が見えつつ、眉を
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