が鳴くという森の奥の虚空蔵堂。――
 清水の真空《まそら》の高い丘に、鐘楼を営んだのは、寺号は別にあろう、皆梅鉢寺と覚えている。石段を攀《よ》じた境内の桜のもと、分けて鐘楼の礎《いしずえ》のあたりには、高山植物として、こうした町近くにはほとんどみだされないと称《とな》うる処の、梅鉢草が不思議に咲く。と言伝えて、申すまでもなく、学者が見ても、ただ心ある大人が見ても、類は違うであろうけれども、五弁の小さな白い花を摘んで、小児《こども》たちは嬉しがったものである。――もっとも十《とお》ぐらいまでの小児が、家からここへ来るのには、お弁当が入用《いりよう》だった。――それだけに思出がなお深い。
 いま咲く草ではないけれども、土の香を親しんで。……樹島は赤門寺を出てから、仁王尊の大草鞋《おおわらじ》を船にして、寺々の巷《ちまた》を漕《こ》ぐように、秋日和の巡礼街道。――一度この鐘楼に上ったのであったが、攀《よ》じるに急だし、汗には且つなる、地内はいずれ仏神の垂跡《すいじゃく》に面して身がしまる。
 旅のつかれも、ともに、吻《ほっ》と一息したのが、いま清水に向った大根畑の縁《へり》であった。
 ……
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