がかと存じまするのみでして、は、はい。」
 樹島は、ただ一目散に停車場《ステエション》へ駈《かけ》つけて、一いきに東京へ遁《に》げかえる覚悟をして言った。
「御新姐の似顔ならば本懐です。」――

 十二月半ばである。日短かな暮方に、寒い縁側の戸を引いて――震災後のたてつけのくるいのため、しまりがつかない――竹の心張棒を構おうとして、柱と戸の桟に、かッと極《き》め、極めはずした不思議のはずみに、太い竹が篠《しの》のようにびしゃっと撓《しな》って、右の手の指を二本|打《うち》みしゃいだ。腕が砕けたかと思った――気が遠くなったほどである。この前日、夫人像出来、道中安全、出荷という、はがきの通知をうけていた。
 のち二日目の午後、小包が届いたのである。お医師《いしゃ》を煩わすほどでもなかった。が、繃帯《ほうたい》した手に、待ちこがれた包を解いた、真綿を幾重にも分けながら。
 両手にうけて捧げ参らす――罰当り……頬を、唇を、と思ったのが、面《おもて》を合すと、仏師の若き妻の面でない――幼い時を、そのままに、夢にも忘れまじき、なき母の面影であった。
 樹島は、ハッと、真綿に据えたまま、蒼白《あお》
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