、もう秋の末ながら雑樹が茂って、からからと乾いた葉の中から、昼の月も、鐘の星も映りそうだが、別に札を建てるほどの名所でもない。
 居まわりの、板屋、藁屋《わらや》の人たちが、大根も洗えば、菜も洗う。葱《ねぎ》の枯葉を掻分《かきわ》けて、洗濯などするのである。で、竹の筧《かけひ》を山笹《やまざさ》の根に掛けて、流《ながれ》の落口の外《ほか》に、小さな滝を仕掛けてある。汲《く》んで飲むものはこれを飲むがよし、視《なが》めるものは、観《み》るがよし、すなわち清水の名聞《みょうもん》が立つ。
 径《こみち》を挟んで、水に臨んだ一方は、人の小家《こいえ》の背戸畠《せどばたけ》で、大根も葱も植えた。竹のまばら垣に藤豆の花の紫がほかほかと咲いて、そこらをスラスラと飛交わす紅蜻蛉《あかとんぼ》の羽から、……いや、その羽に乗って、糸遊、陽炎《かげろう》という光ある幻影《まぼろし》が、春の闌《たけなわ》なるごとく、浮いて遊ぶ。……
 一時間ばかり前の事。――樹島は背戸畑の崩れた、この日当りの土手に腰を掛けて憩いつつ、――いま言う――その写真のぬしを正《しょう》のもので見たのである。

 その前に、渠《かれ
前へ 次へ
全34ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング